待合室125号より

 

2つの学会報告をします。


 1つは 1067日「第12回癒しの環境研究会全国大会」魂から蘇るケアマインドとは----「和」の知恵・心と技---- が大会長仙波恵美子先生のもと和歌山県立医科大学で行われました。私は初めての参加でしたが、とても感激いたしました。この研究会の代表世話人はあの有名な笑医塾塾長であられる医学博士高柳和江先生です。我々の京都の(医)啓友会老健けいゆうの里と高槻のNPO囲む会ヘリオフレンドの講演に来ていただいたのは数年前のことです。年齢不詳の笑みを持った高柳先生の魅力を改めて感じ入り本当に参加させてもらったこと感謝しています。

 

 この会は「病院を癒しの場に」から始まったとのことでしたが、今回は東日本大震災と福嶋の原発事故を受け放射能問題から、宇宙 黄土高原の緑化問題、黄砂、職場、学校、子供たちの学童保育の憩いの建物の提案など多岐にわたり、癒しの環境の持っている幅広さ奥深さを感じ入ることができました。病院や地域医療の現場にとどまらず社会環境の安心安全の追及こそが心安らかに生活していく大きな源になることを強く感じました。

 

 私は小さい診療所であり、患者さんの生活と同じ地平で生活しながら、地域医療、在宅医療を担っているもので実践畑からの発想しかないが、改めてお家、在宅は癒しの環境になっているのだろうかと考えてみた。在宅がその人にとって一番の癒し環境のはずという思い込み?仮説?で仕事をしていたが、近年、豪雨水害や地震津波など想定外の自然災害、感染症のパンデミック現象など地域生活が癒しとはほど遠いと言わざるを得ないし、家族関係の希薄さ、独居の増加、高齢者世帯要援助者世帯の増加、ごみ屋敷、など癒しの環境なのだろうかと疑問抱くことが多い。冷暖房もない部屋で、頭周りの手が届く範囲にものを置いて地震が来たら箪笥が倒れてくるようなところで寝たきりで療養しているお年寄りに援助に行く場合、冷暖房が当たり前の若い援助者にとってこれは癒しの環境でも何でもないと、施設を進める人が多い。私はそんな意見にあきれていたが、いまは若者の育ってきた環境をみると理解できないことはない。又癒しとは何か?を幅広くとらえることが必要と大きな観点で考えられるようになった。と思っている。


 今回もうひとつ強い関心があったのはスピリチュアルケアであった。僧侶であり高野山大学助教授の話は興味深かったが難しいところもあった。スピリチュアルペインとは 癌など死がまじかに迫った患者が自分の生きる意味や価値を見失ったり、死後の不安や罪悪感等で苦しむ痛みのことを言います。人間だれもこのような思いを生みだすがその思いがスピリットであり、その全存在的痛みをスピリチュアルペインといい、それを少しでも緩和する対応をスピリチュアルケアと言います。

 

 WHOの健康の定義では肉体的、精神的、スピリチュアル、社会福祉の4つの要素が含まれ、緩和ケアにも身体的苦痛 心理的苦痛 社会的苦痛に加えてスピリチュアルペインが取り上げられ スピリチュアルケアを含めて緩和ケアが進められています。現代社会 スピリチュアル(日本語的には 精神的 霊的 宗教的)と言う現実とかけ離れた霊的言語に魅せられ商法でだまされお金をつぎ込んでいる人もあり、言葉の魔力に惑わされず現実を見ながら、内面(心とこれまで生きてきた歴史過去実態から未来へつなぐ思い)という縦軸と現実という世界を横軸に立体的にトータルに見て行くことではないでしょうか 分かりにくいが私はそう解釈した。スピリチュアルケアは大切な領域であると考える。


 もうひとつはこの19年()啓友会は先頭になり関わってきたNPO在宅ケアを支える診療所市民全国ネットワークの第18回全国の集いが高知で開かれたこと報告します。我々職員は20名の仲間で参加しましたが、帰りは台風の影響で飛行機がかなり遅れ、やきもきしましたが、無事帰ってきました。とてもいい集いでした。毎年全国の発表を聞き元気をもらい又今年も頑張ろうと思うのです。高知の食べ物のおいしさは格別で お酒も カツオもほろ酔いの中より一層おいしく楽しむことできました。


 メインの特別講演はワタミグループの渡邉美樹さんの「夢~未来を担う若者の為に~」御話は中々良かったと思います。「夢を持つこと、夢に日付を」と言う話は我々に夢に向かってどう進むかに現実的勇気をもらえたような気がいたしました。過去(有機栽培給食 食品)から現在(介護界への進出)未来(グローバルにアジアへの子供たちへの教育へ進出)へつながれた話は感動的でした。唯ワタミの介護が 老人ホームを買収して、高い理念を掲げ「オムツゼロ」「機械浴ゼロ」「経管栄養ゼロ」を目標に頑張ったが、150人のスタッフが辞めたと事実をしっかり話され、又いくつか訴訟があることなどあらゆる面で世間を騒がせています。理想と現実のギャップが指摘されましたが、できることできないことを整理し正しい夢に向かってどうするか、頭に描く夢を現実にする具体的な道筋が見えたのではないでしょうか!我々にも考えさせられることでした。


 又理事会企画として一つは『「医療」から「生活」へ~私たちは地域で何ができるか~』のシンポでした。古くて常に新しい歴史とともに変わる生活は永遠のテーマであるし、原点と言うべきテーマである。システムとしての地域包括ケアの実践事例が挙げられ、地域医療の楽しさ、歴史を感じる重厚感、暖かさを感じました。もう一つは『私たちの“終活”:人生の仕上げをどう生きるか、どう支えるか』でした。在宅での看取り、終末期医療を進める我々としては最後の瞬間までその人らしい生を支えて行きたいと考えている。私は今ブームになりつつあるエンディングノートに興味がありました。自分を書き留めておくことは家族や友人や、そして最後どこで死にたいか、どうしたいのかが伝わっていくと思います。死は肉体の死を意味するのであってその人の魂は家族や友人に受け継がれていくと私は思います。仕事柄多くの人の死に出会いました。たとえ医療者であろうとも、たとえかかわりは短くともその人のかなりの生き様を受け継いだと思うのは私一人であろうか?「死してなお人は人の心や魂に受け継がれていく」私はそう思い患者さんから宝物をもらう気持ちで看取りの仕事をしている。