お知らせ

 

 職員を募集しています。

(介護職・看護師・PT・OT)


タフで勉強熱心な方。


あきらめの悪い方。


常識に捕らわれない方。


笑顔が素敵な方。


ジャージが似合う方。


など募集中。

委細面談にて。

ご連絡は 採用担当 まで

待合室122号より

めるのに遅すぎるということはない。      中嶋啓子


■3月11日、午前診が終わり面談している最中に、「地震!大地震(M9)が東北で、津波がくる、えっもう津波が来た、えっ、えっ」と言っている間にテレビにくぎ付けになる。えーっ,広い田畑に魔物の様な黒い黒い津波が猛スピードで押し寄せ、家を車を道路を人を飲みこんでいく様を見て、これは何なの?驚嘆する以外になかった。初めて見る映像、これは本当なの?!怖い!神様は我々に何をしようとされているのか!我々人間に、何を、お仕置きなのか!私はうめき声以外に出すものがなかった。あれからテレビは地震報道一色となり、ことの事態の重大性を知ることになった。かつて経験したことのない未曽有の大惨事、想定外の自然災害が日本の半分と言ってもいいほどの地域を壊滅的打撃に追いやった。がれきの山、飛行機がながされている。船が陸へ、車が建物の2階へ。えっー!地震津波の対策はできていなかったのか。「避難してください、避難してください」必死に住民の避難を最後まで訴え自ら津波に飲み込まれ、亡くなった女性の話は号泣せずに聞けない。

 

■超巨大地震と未曾有の津波に加えて、自然災害でひとくくりできない福島原子力発電の爆発事故は、我々をさらに未来将来に向かっての不安をあおり30km圏内は避難が通告された。今まで何の疑いもなくその地に家を建て住み家族を創ったにもかかわらず、今は一歩も足を踏み入れることできない。この悲しさは、このやり場のない怒りはいったいどこへぶつけたらいいのだろうか。これは人災である、と私は思う。

 

■広島生まれの広島育ちの私は学生時代、原爆の悲惨さから戦争反対核兵器反対から核についてその怖さを勉強し考えたことある。時は高度成長期、原子力発電が次々と作られていく時代であった。私たちは真面目に危機感を感じ原発反対と考えたものである。しかし核の平和利用という名のもとに、又優秀な科学で乗り越えられないものはないという幻想のもと、安全神話のもと、私たちは原子力発電を許してきた。学生時代をともに過ごした私の友人はそのつけが回ってきたと、ぽろといった。それから私は医師となり放射線を利用した診断の為の検査、X-P,CT,放射線の癌治療等放射線の平和利用にどっぷり漬かってきた。今福島原発の事故はそうした私たちの生活に「喝!」を入れるものであると思う。

 

■週刊誌なのでオーバーかもしれないが、「この国は電力会社に買収されていた」と、原発マネーの動きが書かれていた。原発は当時大反対の中で建設されていくが官、財、学、メディアも総動員され地震にも安全であると神話をつくり、巨額のマネーが動いて今日がある。一機作るのに三千億円かかるるそうだが、実際の経済効果はそれにとどまらない。電気の供給だけでなく原発関連の周辺事業と雇用労働、環境対策等経済効果は測り知れず巨大なマンモス電力会社を作り上げてきた。その結果日本は世界でも屈指の電気大国となり、電気の便利と暖かさの中で我々は生きてきたのである。従って皆の口も結構固い重いのである。悪ければ唯つぶせばいい、ただ廃炉にすればいいということにならない。廃炉にも長い時間とお金、危険性と恐怖との遭遇、犠牲になる労働者・人がいるのである。

 

■日本のエネルギー源が火力、水力から原子力に依存してきた。しかし日本に作られた54基の原発のうち半分はいろんな理由で動いていないことを知りびっくりした。安全が保障できないから休めているからなのか、日本の発電は半分で十分なのかわからないが、たくさんのお金が動いていることは間違いないようである。それほど危険、安全に問題あるものを次々に創ってきた責任は誰に?日本政府なのか、電力会社なのか、国民なのか。その答えはこれからの未来社会の創造をどうするかで答えるしかない。エネルギーを本当に環境に優しくより安全でより健康被害の少ないものにしたいものである。

 

■地震大国日本では南海、東南海、東海地震が予測されているが、いつくるのかわからない中、管総理大臣が浜岡原子力の運転停止を指示した。画期的なことであろう。我々が次の地震津波の来襲を予側し、危険を食い止める防災体制をどう作るか問われている。これまで生きてきた我々の道をもう一度反省的に見直し改めて歴史をつくり変えていく必要がある。我々は丁度その転換点に立っていると言えるのではないか。2011.3.11は世界を変える、エネルギーを変える歴史的節目になるであろう。

 

「人の一生は重荷を負うて,遠き道を行くが如し」

 It is never too late to mend

「改めるのに遅すぎるということはない」のである